2007年07月12日

指導とパフォーマンス

子供たちの指導をはじめて
2年以上が過ぎた。

最近では、指導のテンション、教えるレベル
(限られた一時間の中で、楽しく盛り上げ、前の時間よりもほんの少しでも技を習得させ、充実したと思わせる内容)
も日によってブレたりせず、安定してきたように思える。

以前は、日によってすぐ怒ったり、やる気がなかったりが
稽古指導に反映されていて、日によって
ずいぶん自分の態度、怒る箇所などが違っていたりもするのだが

最近では、多少疲れていても、一定のレベルを保ったまま
指導することが出来るようになったように思う。(前にくらべたら、多少、かもしれないが)

そんなことは当たり前なのかもしれないが
たぶん、それが「プロ」だ。

そう考えると、指導ってのは「パフォーマンス」みたいなものかな〜
などとも思えてくる。
終わったあとは「ああ、今回も楽しんで、きびしくする所は締め、一人一人少しだが出来るようになったところを増やし、それを見つけることが出来たなあ」
などと言葉にするとなんだか大げさだが
そんなかんじで「ホッ」とするようになった。

最近では「お母さんクラス」も2つほど作ったので
それはさらに顕著で
お母さんクラスは求めるものが子供と少し違い
「爽快感」や「インナーマッスルを使う、有酸素運動的なもの(ダイエット)」だったりもするので
(もちろん一般のように、技を覚える快感、攻撃する力をダイレクトに発揮できること、も求めているのだ、とやっているうちに思うようになった)
求めるものを充足させられるかどうかが「パフォーマンス」の結果にもかかっている。

こんなことは「当たり前」のことなのかな〜
それとも、「指導はパフォーマンスなんかじゃない!」と全然違う
のかな〜

もちろん、相手の要望にこたえようと出来るのは
体系だった稽古を僕が学んできたからだと思うけど。

「レンタル空手家」だと「パフォーマンス度」はもっと顕著で
相手の個人個人に求めるものが違ったり
やっていくうちに読み取ったりもしなくてはならないので
「パフォーマンス充足度レベル」はハードルが高いものになる。気がする。

「パフォーマンス」は当たり前で、その上に「空手ならでは」の何を乗っけられるか
が本当は問われるのもなのかもしれないけど
なんとなく、ふと思ったので書いてみました。
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posted by 遠藤一 at 02:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供指導 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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